資産形成コラム

私の無形資産形成 第6章「ご縁」の力

最強の無形資産
これまでの5章を私なりに分類すると、第1章の「多様性の獲得」と第2章の「断らない覚悟」では、個人として頭角を表わすための秘訣を、第3章、第4章では、「離職者ゼロ」、「5分間勉強会」といった私の組織の特徴をご紹介しつつ、杉山流組織論についてご説明してきました。そして第5章の「専門外に活路ありでは、気付きを「翻訳」することで「専門外はむしろ武器」となることをご説明しました。改めてこれまでの5章をご覧いただくと、気付くことはありませんか?

「多様性の獲得」では、場違いな世界への私の挑戦を拾い上げてくれる方がいらっしゃいました。「断らない覚悟」でマンガのようなエピソードが続いたのは、私の乏しい才能に着目してくれた方々のお陰です。スタッフのためと思って続けてきた「5分間勉強会」は「離職者ゼロ」の組織づくりの礎となり、安定した組織運営はリーダーとしての私の評価を高め、結果として大勢の方々が私を後押ししてくれました。「専門外に活路あり」では、異業種・異文化の人達と繋がる方法についてご説明しました。

そうです、これまでの私の話は全て、「ご縁」に帰着するのです。私達はご縁によって活かされ、また新たなご縁を得るために常に自分を高める必要があるのです。今回は最大にして最強の無形資産、「ご縁」をどのようにして形成していったのか、私なりの小さな努力と工夫をご紹介します。

「ご縁」を絶やさないために
今の時代、「わざわざ年賀状なんて面倒で・・・」、という方も多いと思います。私は子供の頃から、親の教えもあって毎年年賀状を欠かさず書いています。SNSの発達もあって年始の挨拶も様変わりしましたから、今では以前に比べて随分と減りましたが、それでも100枚。私には、この年賀状についての3つのルールがあります。
1つ目は、相手から3年以上「音信不通」が続かない限り、私は年賀状を出し続けること。つまり私から年賀状を送るのを辞めることはありません。
2つ目は、身内の不幸の時も年賀状を絶やさないこと。親戚間では自重しますが、私側の事情で年賀状が途絶え、それでご縁が途切れてしまうことを防ぐためです。数年連続で身内の不幸がつづいたら、年賀状を出せないことでお相手の「年賀状を出す人のリスト」からもれ、翌年は年賀状を送っていただけなくなるかもしれません。毎年お相手から年賀状をいただくため、喪中を理由にリストから外されないようにしているのです。
そして3つ目は、宛名とメッセージは必ず手書きする、です。印刷に頼らず相手の住所やお名前、それとメッセージを書くことで、わずか1分にも満たない時間ですが、年に1度、必ず相手を思うことができます。そして何でも簡単に済ませることができるご時世だからこそ、敢えてその人にしか伝わらないという手紙の不便さを超えて手間を惜しまず年賀状を書けば、送られた側としては手書きの年賀状のありがたさを感じ、私がこのご縁を大切に思っていることを解ってくれると思うからです。
特にご年配の方との繋がりには、依然として絶大な効果を発揮します。そして毎年欠かさず年賀状を送るあなたは、律儀な人間、義理堅い人間として認識されることでしょう。いつ、誰が、あなたをを助けてくださることになるか分かりません。そんな皆さんとのご縁を保つ、年にたった1分の努力・・・。年賀状を送る習慣のないあなた、本当に送らなくてもいいんですか?

(いつかの努力 + 継続する力) × 「ご縁」 = 新たな世界
大学合格に向けて勉強していた当時の私には、冴えない受験科目とはウラハラに1つだけ得意科目がありました。それは、小論文。医学部受験では2次試験において面接試験とともに試験科目に採用されているものの、小論文で合否が決まることは殆どないのではないでしょうか。つまり受験にはあまり役に立たない小論文に、恐らく全医学部受験生の中でも稀なほど心血を注いでいたのが当時の私でした。
私が医師を志したのは、医療と社会、経済、政治といった様々な要因と医療が密接に関わっていることへの興味であったことは、これまでの5章でお伝えしたと思いますが、この小論文の授業は私に社会学の面白さを教えてくれた貴重な授業でした。教えてくださったのは当時の小論文界ではイチバンの有名講師で、いまでも多方面でご活躍されているH先生。この先生に認めて欲しくて、受験勉強そっちのけで「news week」や「AERA」、「SAPIO」といった社会派の雑誌を読みあさっては、H先生の出す課題に全力でぶつかっていました。
その礎となったのが、これらの雑誌によって速やかに私にインストールされた、幅広い社会問題に対する豊富な知識でした。数百字の中に、自分の主義主張を最大限詰め込んで、けれども読み手を納得させる洗練された文章を限られた時間内で生み出すのが、小論文という科目。字数を最大限に活かすには、言葉一つ一つの密度が濃くなくてはなりません。自身の主張を細大漏らさず的確に、最少の文字数で読み手に伝える訓練を、嫌というほど繰り返しました。そのお陰で、衛星放送で繋がる多数の校舎に向けて、私の書いた小論文が「お手本」として何度も紹介され、大学合格後にはH先生から小論文の講義を手伝わないか、とお誘いをいただくまでになりました。

そこから25年が経ち、私は出身学部の同窓会理事として、同窓会の運営に携わるチャンスを頂戴しました。この理事職は5,000人の同窓会員(卒業生+在校生)がいる中でわずか15名程度という大変名誉なお仕事なのですが、学生時代だけでなく、医師になってからも大した活躍をしていない私を理事に推薦してくれた先輩医師がいました。当時私は、自身の日常をFacebook にupしていました。この際、写真に添えた文章も、読んでくださった方々が一気に読めるよう、(自分なりの言い方で恐縮ですが)「文章にスピード感を持たせる」よう、意識していました。Facebook も小論文と同様、短文で相手の理解を引き出す必要があるわけで、いま考えれば、こうして自身の乏しい「文才(?)」を開花させるべく、努力を続けていたのかも知れません。そんな文章に乗せた掲載内容は多岐にわたり、また前号までにご紹介した病棟運営だけでなく、勤務先のグループ内に様々な組織(電カル導入チームや感染委員会)を新設し、運営していたこと、更には職場外の公務も並行して務めるなど、悪戦苦闘しながらもアレコレ務めていたことをご評価いただいたことが、理事推薦の大きな原動力になりました。

同窓会で与えられた役目は、担当する人間が最も少ない同窓会誌担当。その担当の仕事の一つが「編集後期」を書くことでした。ここで25年前の、「昔とった杵柄」が思わぬ幸運を呼び込むことに。私の書いた600字程度の編集後期を偶然にもご覧になった同僚のN先生が、私の「文才(?)」を認めてくださったのです。すぐさま知り合いの出版社に電話し、「彼に何か書かせてやって欲しい」と編集長に伝えると、1週間後には掲載内容の選定と1年間、全6回の連載が始まることが決まりました。掲載内容に責任を持つため、内容は全て私が直接取材に訪れて得た知識に基づき、「知らなかったことを知る喜びを読者と共有する」ことを目標に連載を続けました。

この連載が始まって数ヶ月が経った頃、他の連載にも挑戦してみたいと思うようになり、某医師専用サイトの執筆者募集に応募して採用され、さらに2ヶ月後には同サイトの編集者からの依頼でコメンテーターのお話をいただきました。この4月には新たに2つの連載のお話をいただき、また、何故か私がインタビュアーになって有名医師にお話をうかがう新企画が近々スタート、更にラジオ出演のお話など、全て別の方とのご縁で生まれた企画。こうしたご縁のおかげで、少しずつ私の世界が広がってきたのです。

25年も前に熱中した小論文の授業は私に微かな文才を纏わせ、Facebook や同窓会誌の編集後期で拙文を書き続けていたら、誰かがどこかでその努力を見ていてくださった。その誰かによって生まれたご縁が私を実力以上に引き上げ、新たな世界へと誘ってくれる。本項のタイトルは、そんなイメージを表現したものです。

「ご縁」が生まれるのは、偶然?
では、どうすれば「ご縁」に恵まれるのでしょうか。そこで皆さんに質問です。「ご縁」が生まれるのは「偶然」でしょうか?

私の考える「ご縁」のイメージを、模式図にして表現してみました。「ご縁」という漠然として、捉えようのない概念を、少しだけ論理的に考えてみましょう。中央のギザギザした部分は、「あなたの能力」を示しています。この能力が多様であるほど幾つにも枝分かれし、個々の能力が高いほどギザギザが大きくなります。そして周囲の円は、「周りの方々が、あなたに対して示す関心の強さ」です。

        

図1では、あなたの能力には多様性が乏しく、また突出したものがありません。これでは、あなたが周囲の人の目に留まることはありません。
図2は、努力を重ねることで自身の才能を伸ばし、様々な多様性を獲得した状態です。図1に比べてギザギザの数が増え、また大きくなっています。このためあなたの才能は、周囲の円に達するまでになりました。
更に努力を重ねた状態が図3です。図2に比べてギザギザが更に多く、大きくなったのはもちろんですが、周囲の円がやや小さくなっています。周囲の関心を引き寄せるほどにまで、あなたの才能が伸びた、ということです。
そしてこの交わった部分が、私のイメージする「ご縁」なのです。3つの図を比較した時、ギザギザと円の交わる部分は、どうなったでしょうか。徐々に増え、更に重なる部分が太くなっています。あなたの努力によって「ご縁」が増え、太く、強くなっているのが分かるでしょう。

では もう一度質問します。「ご縁」は、「偶然」生まれるものでしょうか? いや、偶然の産物でも、誰かのご好意でもありません。「ご縁」はあなたの努力の先にあり、あなた自身が引き寄せるものなのです。そう、「ご縁」は能動的産物であり、あなたの努力によって幾らでも手にすることができるものなのです。

戒めの言葉
これまで実例を交えて、「私の無形資産形成」をテーマにお話ししてきました。私自身、「私の人生、出来過ぎじゃない?」と思うことも少なくありません。今でも凡人であることに変わりはありませんから、たまに勘違いしたり、調子に乗ったりしてしまうものです。対して世の成功者たちは、自らをコントロールする術をわきまえていたからこそ成功者になったはず。「賢者は歴史に学ぶ」と言いますが、そんな「賢者の叡智」に触れようと考えていた時、私は一冊の本に出会いました。
それは「ローマ人の物語」。既にお読みになった方も多いと思います。そこにはローマの勃興・衰退だけでなく、タイトルにある通り歴史の主人公たちの生々しい内面が、塩野七生さんの途方もない歴史考証に基づいて描かれています。読み進めると出会う多くの格言も、この本の魅力の一つです。その中に、「真に優れたリーダーは、部下を選ばない」という言葉があります。自分なりの解釈を加えてこの言葉を思う時、私は反省せずにはいられないのです。「もし、私の家族が、組織が、周囲の人々が幸せでないとしたら、それは全て自分に責任があるのだ」と。そしてそれは、自分を生かしてくれる皆さんへの感謝や、謙虚な気持ちが不足しているからなのだと。これまで私は、そんな想いで皆さんとの「ご縁」を紡いできました。私の自戒の言葉、「真に優れたリーダーは、部下を選ばない」。この言葉を皆さんに送って、私の拙文を締めくくりたいと思います。

おわりに
「私の無形資産形成」をお読みいただき、ありがとうございました。たかだか一介の医師が生意気なことを述べてまいりましたが、私のような凡人にこれほどの僥倖をもたらしてくれた「無形資産」を、皆さんにお分けしたいと思って、本当に一生懸命に書きました。全6章を書くのに要した2週間は転職前の有給休暇中で、数日後から始まる新たな職務を前に、気もそぞろ。偉そうなことを散々述べてしまいましたので、次の組織づくりが上手くいかなかったらメンツ丸潰れです。そんなプレッシャーもエネルギーに変えて、私自身、更に「無形資産」を増やしていきたいと思います。改めまして、ご覧いただきありがとうございました。

医師 杉山陽一Dr. Sugiyama Yoichi

45歳 埼玉県出身 杏林大学医学部卒 専門は老年病科
永生病院 リハビリテーション科勤務
国立職業リハビリテーションセンター 医療情報助言者
杏林大学医学部同窓会理事

これまで病院の立ち上げや業務改善に多く携わる。
医療系雑誌やサイトでの連載・寄稿多数。
現在は医療系雑誌の監修も担当。趣味は音楽活動(Vo.)。

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