「5分間勉強会」の効果
資産形成の経験がない私にとって、唯一にして最大の資産・・・、「私の無形資産」ついてご紹介するこの連載。4回目のテーマは、私が主治医を務めてきた病棟で、5年以上続けている「5分間勉強会」についてお話ししたいと思います。
第1章では「多様性の獲得」、そして第2章では「断らない覚悟」と題して、仕事のうえで私が大切にしている信条についてご紹介しました。この2つの信条によって、頭角を表してその他大勢から抜け出したあなたは、次々とチャンスを掴み、やがてチームを率いる指導的立場に就くことになります。そんな時、あなたが許容できる範囲でスタッフに挑戦する自由を与えることで、スタッフは自主性を持って仕事に取り組むようになり、そんなスタッフの集まった組織は自走し始めます。自走することで更に高まった組織は他の組織とは一線を画すプラチナチームとなり、そこで働くスタッフが誇りをもって働くようになります。これが、「離職者ゼロ」を実現するまでのプロセスです。
しかしそんなチームにおいても、リーダーはヴィジョンを示し、組織を進むべき方向へと導かなくてはなりません。完全に「手放し運転」をすると、意気盛んなサブリーダーや若手が想定外の行動をするかもしれません。そこで役に立つのが「5分間勉強会」なのです。この第4章では、「5分間勉強会」の効果についてご説明していきます。
あなたの組織に「学び」はあるか?
何で読んだのかは詳しく覚えていませんが、「看護師が転職する理由」に関するアンケート結果がランキング形式で示されており、「給与待遇」や「人間関係」と言った定番に混じって、「転職によってスキルアップするため」とか「資格を取るため」と言った項目が目立ちました。これは医療職に限ったことではないと思いますが、「誰もが仕事や経験を通じて成長したい」と考えているようです。皆さん、向上心が強いわけですね。これを逆説的に捉えれば、「自分が成長できない組織では働き続けたくない」と、多くのスタッフが感じているのかもしれません。
先ほど挙げた転職理由のうち、「給与待遇」や「人間関係」は、組織のオーナーでもない限り変更することは難しいかもしれませんが、一介のリーダーであっても組織に「学び」を与えることはできます。しかもあなたが率先してスタッフのレベルアップのために尽くせば、スタッフのリーダーへの、そして組織への帰属意識は高まります。そして、スタッフは連帯感を持って仕事に取り組むようになります。「この組織にいれば、学べる」、「この組織にいれば更に自分を高めることができる」と思うチームならば、スタッフは誰もよそ見せず、転職や異動など考えなくなります。そのために私が5年以上続けているのが、週1回の「5分間勉強会」なのです。
カリスマ経営者の教え
この「5分間勉強会」、実は私が自主的に始めたものではなく、「言われて始めたこと」なのです。以前勤務していたグループ病院のオーナーが、小さな診療所からベッド数5,000の巨大医療グループを一代で築く過程で、長年に渡って続けてきたのが、この「5分間勉強会」です。診療も、手術も、経営も自分1人で行う中で、自身のキャパシティを超えた仕事量をこなし続けるには、スタッフに任せなくてはならない部分が増えていきます。その時にスタッフが適切に行動してくれることで、その業務をスタッフに任せ、自身から切り離すことができるようになり、リーダーとして取り組むべき問題にフォーカスできるようになる・・・。そのために、自分で、自分のスタッフを育てる必要があったのだそうです。
ポイントは、「基本的な内容」を、「5分」で、「週1回」、「医師(リーダー)自らが行う」こと。週に1回ですから、1年間で50回、つまりネタが50個あれば充分、ということになります。でも50回って、ちょっと大変ですよね。私の場合も、いきなり50個もネタがあったわけではありません。せいぜい5個か10個だったと思います。しかしそれだけあれば充分です。勉強会は週に1回ですから、翌週までに1つ、また1つと、増やしていけばいいのです。
勉強会のネタのタネ
例えば私の場合、どんなネタがあるのか、というと、血液検査データについて説明しています。血液検査の項目も沢山ありますので、普段の血液検査で採取するような一般的な項目を、つまり普段の診療でスタッフがよく目にするであろう項目を「1つずつ」話す。実はこれだけで10個以上あるので、残り40個、となるわけです。内容は本当に簡単なことでいいのです。全員の業務を止めて勉強会をするわけで、5分以内に終わらせなくてはならないのですから。忙しい業務の中ですから、「5分なら足を止めて聞いてもいいかな」、と思ってもらう必要もあるのです。
更にこれらの項目には、バラバラに説明しても意味があるけど、問題を深く理解するためには、いくつかの項目を組み合わせて考えた方がいいケースもあるはずです。ですから私のように医療組織での場合は、例えば「80歳の男性。5日前から発熱があり、受診時のデータは・・・」と言った具合に実際の臨床に近い形式で出題したりして、いくつかのデータの組み合わせから想定される診断や実施すべき検査、治療などをスタッフにも考えてもらいます。このようなケースでは、スタッフが自主的に発言することで「参加意識」を高めてもらうことも目的ですので、余りにも的外れな回答以外は間違っていても否定せず、「なるほどね、そんな可能性もあるかもね」と応じています。当然、最後には模範解答を解説するわけですが、そこで「複数の異常値から読み解く重大疾患潜在の可能性」や、「スタッフを唸らせる治療上のコツ」を披露できれば完璧です。こんな「経験を積んだ者ならではの視点」を惜しげもなく教えることは、「リーダーの有能さ」をスタッフに印象付けることにもなり、「なるほど!」と思わせる内容、つまり「学び」が多いほどスタッフに高い満足感を与えます。その満足感は、勉強会が行われている組織で働くことの充実感に繋がり、帰属意識を高め、離職を減らすことになるのです。
A4用紙 1枚にまとめる
相手の話をどんなに熱心に聞いたとしても、全てを記憶するのは誰にとっても難しいもの。例え5分とは言えスタッフ教育のためのコンテンツですから、資料があったほうがいいですよね。だから私の場合、勉強会の資料を必ずA4用紙にまとめています。これは、あのカリスマオーナーもやっていなかった、私のオリジナル、です。資料のボリュームは多いほどいいか、というとそうではありません。時間的にも、1回の勉強会で理解できる量としても、「1枚」が丁度いいのです。
しかも資料を作成することによって、誰に対しても同じ内容を提供できるという「再現性」、とっさの要望にも応えられる「即応力」、どの職場でも提供できる「ポータビリティ」を実現し、更にあとで内容を充実させることができる「拡張性」も持ち合わせています。スタッフにとっても目に見える形で勉強したという「満足感」があり、資料があるからこそ復習できる「反復性」もあり、スタッフにとっては例え勉強会に参加できなかった場合も資料をコピーすれば勉強できるという「保険的」な効果もあるのです。
そして何より、そんなに丁寧に勉強会をしているあなた自身が、「常にスタッフの成長を促す特別な存在」となります。異動や転職によって率いるチームが変わることも多い私ですが、何年も前に一緒に働いていた頃を懐かしむ多くのスタッフから「一緒に働けて幸せでした」とか、他のグループ病院のスタッフからも「一度 一緒に働きたかった」(手前味噌になってしまいますが、いずれも原文まま)といった声を多く寄せていただけるのは、非常に嬉しいことです。スタッフのために「たった5分の勉強会」を毎週1回、年余に渡って続けていたのはグループの中でも恐らく私だけですし、しかしそれだけで、私の評価を実力以上に高めてくれました。「情けは人の為ならず」と言いますが、これこそが5分間勉強会最大の収穫なのかもしれません。
勉強会にリーダーとしての想いを宿す
勉強会の内容は、先述したとおり簡単なもの、5分で終わる内容で充分です。しかしどんな組織にもそれぞれの問題があり、問題解決のために必要な知識やスキルをスタッフに指導する場合にも、5分間勉強会は有用です。この時、リーダーが何を組織の問題として捉えるか、そこにどんな解決法を提案・指示するかは、リーダーによって様々なはずです。つまり問題提起にもリーダーの個性が現れ、問題を解決した先にはリーダーが導こうとする組織の方向性が示されているはず。これこそが本章序盤でお伝えした、5分間勉強会を通じて伝えるべきリーダーのヴィジョンなのです。そう、5分間勉強会はリーダーの想いを組織に伝える装置なのです。
第3章、第4章を通じて、「私のチーム作り」、「杉山流組織論」について解説してきました。スタッフの仕事に主体性を持たせることで「離職者ゼロ」を達成し、5分間勉強会を通じてチームに「学び」を与え、ヴィジョンを示す。別に自分としては意識してやっている事ではないのですが、自分なりに分析して文章化すると、こんなカタチになりました。いかがだったでしょうか、少しでも皆さんの組織づくりのお役に立てたでしょうか?まとめた文章を改めて見てみると、何だか立派な組織論に思えてきます。読者の皆さんの中には、随分と計画的に、論理的に組織づくりを進めている、と思ってくださる方もいらっしゃるかもしれません。しかしそれは、誤解です。
私はこれまで、度重なる突然の異動命令に従って組織を点々としてきました。つまり私の組織づくりは、計画的というよりも、むしろ本能的なのです。ですから当然、私の得意分野、専門分野の仕事もあれば、全く未経験や苦手分野の仕事も経験しました。しかし実はこの「未経験」や「苦手」にこそ、無限の可能性があるのです。次回、第5章は「専門外に活路あり」と題して、逆転の発想でピンチをチャンスに変える仕事術を、実体験を交えて解説していきます。次回もぜひ、御覧ください。
45歳 埼玉県出身 杏林大学医学部卒 専門は老年病科
永生病院 リハビリテーション科勤務
国立職業リハビリテーションセンター 医療情報助言者
杏林大学医学部同窓会理事
これまで病院の立ち上げや業務改善に多く携わる。
医療系雑誌やサイトでの連載・寄稿多数。
現在は医療系雑誌の監修も担当。趣味は音楽活動(Vo.)。