資産形成コラム

私の無形資産形成 第5章「専門外に活路あり」

第5章 「専門外に活路あり」

避けては通れない専門外領域
資産形成の経験がない私にとって、唯一にして最大の資産・・・、仕事術、組織論と言った「無形資産」をいかにして身につけるかをご紹介するこの連載。

第1章では「多様性の獲得」、そして第2章では「断らない覚悟」と題して、私の仕事上のポリシーをご紹介しました。この2つのポリシーによって、リーダーとなったあなたがスタッフの挑戦を見守ることで、スタッフは主体性を持って仕事に取り組み、組織は自走します。自走することでプラチナチームとなった組織で働くことで、スタッフの帰属意識が高まり、「離職者ゼロ」になります。そしてリーダーがヴィジョンを示し、組織を進むべき方向へと導くために必要なのが「5分間勉強会」でした。

しかしそれまでの実績によってあなたが頭角を表すほど、より「おいしい話」が舞い込んでくるもの。得意分野でばかり仕事をする僥倖もいつかは尽きて、やがて必ず、未経験や苦手分野と対峙する日がやってくることでしょう。しかし実はこの「専門外領域」にこそ、無限の可能性があるのです。この第5章では、果敢な挑戦によってチャンスを切り開く逆転の発想を皆さんに伝授します。

私と専門外領域
時代も令和になり、今の医療機関では当たり前になった電子カルテ。私も様々な医療機関で、多種多様な電子カルテに触れてきました。しかしどの電子カルテも、どこかしっくりこない・・・。いつもこのモヤモヤした気持ちを覚えつつも、時と共に「違和感」に慣れていく。電子カルテというのは特許の絡みもあるのか、そこが稼ぎどころなのか、「違和感」の解消のための「改善」や「変更」をお願いすると、システム変更を名目に、なぜか「一律百万円」を要求される。

恐らく百万円の請求に応じる病院はなく、つまり電カルを導入すると、システムや技術的な問題について、病院はメーカーの「言いなり」になるしかありません。あまり悪質だと、悪評ゆえに商売にならなくなってしまいますから、病院もメーカーも、「大人な対応」を決め込むわけです。

しかしある医療機関では運悪く、「いただいた話は断らない」を信条とする大人になりきれない医師に、電子カルテ導入プロジェクトが託されることになりました。

私の所属していた組織は、前にもお話しした通り、総ベッド数5,000を超える巨大組織。その中でも基幹産業である「回復期リハビリテーション病棟」のために、救急病院でも使用できる電子カルテから余分な機能を削除する、というのが、私のプロジェクトチームに課せられたミッションでした。「既にあるものを削除するだけ」ですから、業務的にはラクだろう、と誰もが思っていたのです。

メーカーの名誉のために言っておきますが、この電子カルテ、非常によく出来ていると思います。操作が直感的で、仕様変更に追加コストが掛からない。むしろ現場のニーズを拾って仕様変更をすることは、システムエンジニアでは気付けなかった問題点を改修することになり、むしろ「商品価値を高める行為」と捉える先見性を持ち合わせた、素晴らしいメーカーだったのです。

プロジェクトチームのコアメンバーは、医師1名(=私)、看護師1名(=看護部長)、リハビリスタッフの代表者1名、薬剤部と栄養科、病院の会計を担当する医事課から各1名、という構成。チーム全体としては、更に各病棟の代表者が加わることで総勢30名程度になりました。

実はこの電カルは既に九州地方のグループ病院で導入されていたもので、電カルについては先輩となる病院に教えを請うため、チームのメンバーと共に現地に赴きました。電カルを使いこなす彼らの口からは、「使いづらい」、「電カルのシステムに乗せられず、未だに紙で運用している部分もある」といった批判的な感想が続きました。どれも率直なもので、我々の電カルへの淡い期待が打ち砕かれると共に、「彼らの問題を我々の課題として解決すること」が、まさに我々のタスクだと気付いたのです。

現地から戻ったスタッフの奮闘もあって、課題は徐々に克服されていく中で大きな課題が残っていました。それは「面談記録」です。その組織では定期的に面談を行ってリハビリの進捗状況を患者さんやご家族に説明することで、病院からの説明不足を無くし、円滑な退院を促すために医療者のヴィジョンを患者さんやご家族と共有するように努めていました。この面談は「多職種が同時に」参加して行うのですが、この面談を記録する画面がなかったのです。

前述のグループ病院では、面談に参加したスタッフのうち誰か1人が、参加者全員分の口述を記憶やメモに残し、あとでそのスタッフの記録としてまとめて記録する形式をとっていました。しかしこの方法では、記録係となったスタッフの能力によって記録内容が左右され、30分に及ぶ面談の記録としては余りに頼りないものになってしまいます。

私はこの問題解決の最大の障壁は、電カルゆえの特徴であることに気付きました。電カルの基本的な機能は、医療記録を残すことですが、その記録様式には とりわけ重要な特徴が2つあります。1つは「記録者を限定」した記録様式、もう1つは、診察所見や検査結果からどのようなプロセスを経て結論に至ったのかを「時系列」に沿って記録する、ということです。

実はこれは非常に由々しき問題で、誰か1人が記録をする方式では、患者さんやご家族への説明と意思決定のプロセスが充分に記録されないことになります。ところがこの問題に、既に電子カルテのシステムに慣れきったスタッフや、医療の事情を完全には理解できないシステムエンジニアの方々の、誰1人もが気付いていなかったのです。

考えてみれば当たり前のことですが、電子カルテは「多職種が同時に」記録するようにはできていないのです。なぜ、この問題に誰も気づかなかったのか。それは「同じ環境に留まること」や、「専門であること」は、時として人を盲目にするからです。

逆になぜ私がその問題点に気付いたのか。それは専門ではないがゆえの「違和感」を忘れなかったからです。これこそが、「専門外」であるがゆえの気付きであり、そこにこそ、据え置かれた問題を解決するエポックメイキングな方法を思いつく契機があるのです。専門外であることは、むしろ武器なのです。

あなたの気付きの活かし方
ではどうすれば、あなたの気付きをカタチにできるでしょうか。私の経験に基づいてお話しすると、重要なポイントは3つ。1つ目は「問題点の翻訳」、次に「イメージの可視化」、そして最後は「スピード感」です。先程の電子カルテの例を使って、順を追ってご説明したいと思います。

「問題点の翻訳」というとピンとこない方もいらっしゃるのではないでしょうか。先程の例では、電子カルテの記録様式が、「多職種が同時に」参加する面談の記録には不向きである、ということを私なりの言葉でご説明しました。これは、「問題点の翻訳」ではなく、単なる「言語化」です。漠然とした概念や、本章の序盤でも登場した「違和感」を、同一組織内で解決・解消しようとする場合は、この言語化だけでも充分です。

しかし業種の違う複数の組織が連携して行う大きなミッションの場合、各業種が立脚している概念や文化が異なるため、単に言語化するだけでは微妙なニュアンスやディテールが伝わりにくいのです。ある程度、その業界に従事している人間の場合は尚のことで、単なる概念ではなく「固定概念」になっている場合も少なくなく、異業種間の膠着した概念や文化の違いが、相互理解を阻んでしまうのです。文化の異なる異業種との相互理解には、「問題点の言語化」では不充分で、「問題点の翻訳」が必要なのです。

文化や言語(用語)の違う2つの業種の橋渡しをするのが、翻訳という作業です。これは、いわゆる翻訳家が行うことと全く同じなのですが、言語の翻訳においても難しいのが、ある文化圏・言語圏にはあるが、他方にはない言葉やニュアンス、です。例えば京言葉の「はんなり」をうまく英語に翻訳するのが難しい、というのが好例です。

この「翻訳」を利用して、問題を瞬時に解決した例があります。電カルの話ばかりで恐縮なのですが、それだけ異文化間・異業種間での仕事を進める上では頻繁に使えるテクニックであるということなのです。たとえばWordの文書が60個あって、全てに一言ずつコメントを書くとしましょう。私はコンピュータの事は詳しくはないのでよく分かりませんが、私なら文書を①開いて、②コメントを書いて、③保存して、④閉じる、というプロセスを60回繰り返すことになります。殆どのメーカーの電カルがこの様式を採用しており、1回に開けるカルテは1患者に限定されているため、患者さん1人について単純に「安定している」というコメントを書くだけで30秒はかかってしまうのです。

つまり60人だとすると30分です。状態の悪い方や変化の大きかった方は別として、ものすごく安定している方の状態も「安定している」と書かなくてはならないために、このような作業が必要になるのです。せっかくの電カルなのですから、いかにも機械的に、極端に言えば「一気に全員分」を記載して、瞬時にこの単純作業を終わらせる事はできないのか、と問い合わせてみました。

すると電カルの技術的構造上、「一気に全員分」は記載できない、やってはいけない規定になっており、電カルというのは そのようにしかできていない、というのです。メーカーの技術部門の最高役員にまで検討するよう依頼しましたが、同じ答えでした。しかし「大人になりきれない医師」は諦めません。そこで我々のニーズにとって必要なのは、単純作業に費やす時間の短縮であり、「一気に全員分」が無理なら「60人分を最小時間で入力」する方法、へと路線変更したのです。しかも入力のプロセスのどこに時間がかかっているのか、といえば、カルテの「立ち上げ」と「保存」です。つまり、我々が必要としているのは電カルの入力時間の削減であり、つまりカルテの「立ち上げ」と「保存」時間の最小化、だと気付いたのです。

この「翻訳」結果を改めてシステムエンジニアに話すと、「もしかして これなら・・・」と、思いついた方法を我々の目の前ですぐさま実演してくれました。実はこれ、新しい画期的な方法を思いついたのではなく、従来から電カルに備わっている機能を2つ組み合わせただけで出来た事なのです。

お分かりになりましたでしょうか。私の言う「翻訳」とは、組織間の文化的・技術的乖離を橋渡しすること、なのです。私なりのイメージを計算式で表すと、「A + B = Z」が無理なら、「A + C = Z’」を目指す、という感じでしょうか。

何とか伝えにくいイメージを、似た言葉や近い表現で上手に表現するのは、まさに名翻訳家、と言えるのではないでしょうか。この「翻訳」が異業種間の相互理解を促し、その結果生み出された画期的な「従来からある技術の組み合わせ」によって、単調な入力作業だけでも60人分で30分かかっていたカルテの記載時間は、3分へと大幅に短縮しました。

次に「イメージの可視化」についてですが、これは言葉ではなく図表で示す、というものです。伝えるべきイメージを具体的に思い描けるなら、可能な限り図示して示せ、ということです。ですからこの電カルプロジェクトでも度々、Power Pointを使って描かれたイメージ図が、私からシステムエンジニアに手渡されることになりました。

その時に大切なのは、作りたい画面レイアウトだけでなく、フォントや配色まで指定して、この通りに作成して欲しいと伝えることです。くだらないと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、スタッフに指示をして動いてもらう時、平静明朝体などの冷たいイメージのフォントは用いず、Pゴシックやメイリオなどの柔らかい字体を選ぶようにしています。

言葉で伝えるだけでは画面の天地も記録に必要な空欄の大きさも、イメージとは全く異なるはずです。医療者が使いやすい様式はシステムエンジニアにはイメージが難しいはずですから、非医療者(のシステムエンジニア)に、なるべく具体的に可視化した状態でイメージを手渡すことで、ゼロから新たな画面を生み出す創造的な作業を単純な描画作業にしてしまうのです。ここまで徹底して取り組んで初めて、私の言う「イメージの可視化」と言えるのです。

最後に重要なのが「スピード感」です。これは非常に単純です。要するに、試作版であっても、一度でも組織全体に未完成なものを届けてしまうと、後からの訂正や変更は難しくなってしまいます。つまり「未完成だがひとまずやってみて、後から変更しよう」で実際に変更できる可能性は低い、と言うことなのです。

ですから最初の運用までに、どれだけ作り込めるかが勝負です。一度あるやり方に慣れてしまった人々に、改良版といって新たなものを示しても、少なからず抵抗があり、時として導入に失敗するからです。本当に変えたいなら、最初が肝心なのです。

最大の無形資産
これまでの5章を私なりに分類すると、第1章の「多様性の獲得」と第2章の「断らない覚悟」では、個人として頭角を表すための秘訣をお伝えしました。続く第3章ではスタッフの主体性に重きを置くことが「離職者ゼロ」に繋がり、第4章では「5分間勉強会」でビジョンを示すことの大切さを説き、リーダーとして組織を率いる具体的な方法について解説しました。そして第5章では「専門外に活路あり」として、専門外であるが故の気付きはむしろ武器になることを実例を交えてご紹介しました。

私の実体験をご紹介する形で「無形資産」について書いてきましたが、最終的に私は、何を得たのでしょうか。それは、これぞ無形資産といえるものです。次回は私が得た無形資産の中で最大にして最強の資産、「ご縁」ついてご説明し、連載を閉じたいと思います。ぜひ、最終回も御覧ください。

医師 杉山陽一Dr. Sugiyama Yoichi

45歳 埼玉県出身 杏林大学医学部卒 専門は老年病科
永生病院 リハビリテーション科勤務
国立職業リハビリテーションセンター 医療情報助言者
杏林大学医学部同窓会理事

これまで病院の立ち上げや業務改善に多く携わる。
医療系雑誌やサイトでの連載・寄稿多数。
現在は医療系雑誌の監修も担当。趣味は音楽活動(Vo.)。

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